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そごう・西武の「わたしは、私。」の広告から考える、女性が個で生きるためには?

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そごう・西武の「わたしは、私。」の広告について

白いパイをぶつけられているビジュアル。煽り的な「女の時代、なんていらない?」

「女の時代、なんていらない?」

女だから、強要される。
女だから、無視される。
女だから、減点される。
女であることの生きづらさが報道され、
そのたびに、「女の時代」は遠ざかる。

今年はいよいよ、時代が変わる。
本当ですか。期待していいのでしょうか。
活躍だ、進出だともてはやされるだけの
「女の時代」なら、永久に来なくていいと私たちは思う。

時代の中心に、男も女もない。
わたしは、私に生まれたことを讃えたい。
来るべきなのは、一人ひとりがつくる、
「私の時代」だ。
そうやって想像するだけで、ワクワクしませんか。

わたしは、私。

広告の作り方はあまり突飛なものとか、新しいものは感じないです。

むしろ90年代とかからある、よくみる企業広告のフォーマットなのでは。

しかし、Twitterを見ている限り、批判や理解できないという声が多いようです。

 

わたしは、私。シリーズ

実は「わたしは、私」という西武・そごうの企業広告は2017年から始まっているものでした。

2017年の起用タレントである樹木希林さんの広告は非常に素敵でした。

世間の目なんか気にせず年齢という記号を脱ぎされ、着たい服に袖を通せというメッセージも素敵である。

「あぁ新しい服に袖を通したい、お買い物に行きたい」と思わせる力があったよね。

また樹木希林さんが言うからいいんじゃん。

内田裕也が引っ越した家に毎晩殴り込みにくるから、樹木希林がぼこぼこにして、 娘婿のモックンが取り押さえて首締めてたとかいうエピソードが好きすぎる。

 

2019年の広告と違和感について

ではなぜ2019年の広告は、批判されているんだろう?

趣旨については賛同できることもある。

特に言及しない、普通になった時こそ、本当に差別がなくなった時だよね。

でも、私はこれ見ても女性として特にエンパワーされない。

コピーの前半は、多々共感することがある。

2018年に娘を産んで、女の子が生まれてかわいそうだと思うことは多々あった。

女性だからテストで減点されるなんて。

(この件、肝心の女性医師の方は特に違和感を抱いてなさそうな発言をSNSで見て、そういう世界なんだなとしみじみ感じた)

結局、妊娠出産っていう人類として切り離せないことが、働く上で圧倒的に不利になっている国なんだなとストレートに伝わってくるニュースだった。

その割に、やっぱり女性が怒ったりはしないし、私もあぁ残念な国だなと思っただけの人だった。

そしてそういった社会構造の問題は、このコピーが言うところの「わたしは、私」では解決できないから、広告を見てもなんとも思えないんだろう。

私は私だと思って凛と生きても、産休して数年仕事を止めようものなら正社員の採用試験を受けても次々落ちる現実があるだけ。

そういった問題点のすり替えで、綺麗におさまった風にしてしまえば、一番怒るのはこの広告のターゲットである女性たちだと思う。

 

日本では女は常に「罪悪感」と共に生きている

産前はそんなに感じなかったんだけど、子供を産んでからというもの、「罪悪感」が常時くっついてくるようになった。

子供を母乳で育てないのはかわいそう

3歳までそばにいないのはかわいそう

0歳で保育園に入れるのはかわいそう

離乳食は手作りじゃないとかわいそう

かわいそう、かわいそう、かわいそう・・・

あぁかわいそうがゲシュタルト崩壊しそう。

女性が「わたしは、私。」だと個で生きようとするのは苦しすぎるのが今の日本だと思う。

そんなこともあり、2019年の抱負はそういったものと戦う宣言をしたばかりなので余計にこの広告には考えさせられるものがあったよ。

 

どうすれば個で生きられる?

例えば東京経済の「フィンランドのワーママに「罪悪感」などない」と言う記事を見てみる。

フィンランドといえば共働き率が8割を超えており、男女平等で名高いという認識だ。

こういった記事を見てみても、結局社会の制度が助けてくれている側面がとても強い。

保育園に入るのすら難しい日本の都心に住んでいると、現段階では日本で女性が個で生きるのは無理だと思う。

でも、私は独身時代から経済的な事情を差し引いても、ずっと仕事をしていたいと思っていた。

12月に娘が生後半年を迎え、明後日、1月4日からはフルタイムで職場に復帰する予定だ。

まさに自分らしい生き方の選択の1つなのだが、自分の力だけではどうにもならなかったと思う。

私は「わたしは、私」という生き方をする上では、家族の存在が欠かせない。

子供がいるのに、すぐにでも働きたいと思っている私に理解を示し在宅勤務になってくれた夫の存在は外せないのだ。

理想の生き方を手に入れるためには、理解者も協力者も必須だ。

現時点では、社会には多くを求められず、個人で解決する力や経済力が必要なのが日本だと思う。

私なら、自分らしく生きるためには理解あるパートナーを選び、生きていく力をつけることをオススメしたいね。

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さとみ

主人・長女と3人暮らしの86世代IT会社員。静岡県出身。2009年広告代理店に入社。その後営業、経営企画、アプリ開発、漫画編集などに幅広い業務に携わる。 好...

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